MATHOM-HOUSE presented by いもたこ

気になったことを色々と。ジャンルも色々。

札幌のサーバルキャット

私が"彼"に出会ったのは、札幌の3月中旬にしては暖かい日だったらしい。

「出会った」と言っても相手は寝ていたわけだが。

 

先日、思うところがあって札幌を訪れた。

東京から空路でたったの1時間半とはいえ気候は流石に北海道のそれで、新千歳空港に着陸した時の気温は氷点下だったと記憶している。

北海道の動物園というとどうしても近年脚光を浴びた旭山動物園の名前が先に出るが、私の旅の目的地のひとつは円山動物園だった。

 

私は"広義の"博物館が好きだ。東京国立博物館に代表されるような狭義の博物館も好きだし、子供の時分はよく美術館に連れていかれた。科学館、水族館の類も(最近はなかなか赴く機会がないが)嫌いではない。

だが、実を言うと動物園も相当好きだったりする。

 

別に目的の動物がいたわけではない。強いて言えばせっかく北海道に来たのでヒグマのことが気になった。昔、野幌の北海道博物館に行った時、札幌市内でもヒグマの目撃例があると聞いて以来、「怖いもの見たさ」で見てみたかったのだ。

そんなヒグマには無事会えたわけだが、確かに怖かった。あれを柵の向こうではなく市街地で見てしまったら……と思うとぞっとする。そしてそれと同時に、都市と自然の共存の難しさを改めて考えさせられたりもした。

 

そんな中、ふと立ち寄ったキリン館で出会ったのが"彼"ことサーバルキャット*1のポッキー君だった。いや、年長者に「君」は失礼だろう。ポッキーさんと呼ぶべきかもしれない。

当初の目的であるヒグマより彼が印象に残った理由はふたつある。

 

ひとつは勿論、当時(少なくとも東京では)大注目だった例のアニメである。実は私は円山動物園にサーバルキャットがいるとは知らなかったのだが、意識せざるを得ない状況ではあった。

 

そしてもうひとつ。それは、彼が私とほぼ同世代で、恐らく私より幾ばくか年長だという点だった。ポッキー君は、国内最高齢のサーバルキャットで、今年推定24歳になるという。

我々ヒトの24歳は、子供とは呼べないにせよまだ若造だが、サーバルキャットからすればかなりの老齢で、現にポッキー君ももう自力で毛づくろいが出来ないのだと説明が書いてあった。もともと彼らは夜行性である。私が見に行った時も、イエネコよろしく丸まって眠っていった。

 

当たり前だが、博物館の展示室の湿度が厳密に保たれているように、動物園の展示室もそれぞれの動物にとって快適な環境に設定されている。そういうわけでキリン館も屋外(5℃くらい)と比べればだいぶ暖かいわけだが、何といってもここは札幌、一歩外に出れば遥かに白銀の山の端を望む北の大地である。

サーバルキャットは本来北海道とはかけ離れた環境に暮らしている。私は何も、本来の生息環境とは違うところで飼育する動物園という形態そのものの批判がしたいわけではない。ただ、彼は何か事情があって、他の仲間とは違う、札幌という場所で生きている。恐らく、ポッキー君自身が望んだわけではないだろう。ただ、とにかく彼は遠いさばんなちほーサバンナを離れて、札幌に生きている。

 

そこで私は少し視点を変えて、自分自身のことを考えた。

私は札幌の人間ではない。札幌は大好きだが、少なくとも現在、札幌での私の身分は「旅人」で、別に帰るべき家を持つ。勿論私は、最も生息域の広い霊長類として、状況さえ許せばいつでも札幌に暮らすことができるし、それはサーバルキャットが札幌に暮らすことに比べれば不自然でもなんでもないが、とにかく今のところ札幌では旅人である。

だが、そもそも私の家は、私の環境は、私の時代は、私が選んだものなのだろうか。確かに自分で選んだ部分も多々ある。幸運にも自由度の高い家庭に生まれたので、色々な事を自分で選んできた。

しかし、自分で選べなかったこと、選ぶ権利がなかったこともたくさんある。そしてこれは、私に限らず、誰でもそうだろう。例えばそもそも生まれる時代は選べないし、選んでみるまで結果がわからないものもいくらでもある。

 

そうやって大きい目で見ると、我々もポッキー君も大差ないのではないだろうか。少なくとも私の見たところ、ポッキー君は札幌での暮らしに不満はなさそうだ。大事なのは恐らく、他ならぬ自分が何故「札幌」で生きているかではなく、「札幌」でどう生きるかということなのだろう。

札幌での私は旅人だった。旅人は自由な存在だ。むしろ、故郷に戻っている時の方が、ポッキー君の境遇に近いといえる。

多かれ少なかれ、私たちは誰でも「札幌」に生きているサーバルキャットである。何故、他の誰かではなく自分が「札幌」に生きているのか、確かにそれも気になるが、大事なのは「札幌」でどう生きるかだろう。そして人生の先達は、いくらかの戸惑いはあったのかもしれないが、「札幌」で生きていくことを受容したわけだ。

 

などというどうでもいいことを考えながら、私はじっとポッキー君を観察していた。恐らく5分ぐらいそこにとどまっていたが、彼は目を覚ます様子はなかった。

*1:サーバルとも。ここでは円山動物園での表記に従って「サーバルキャット」とする。