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MATHOM-HOUSE presented by いもたこ

気になったことを色々と。ジャンルも色々。

Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」

Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」

 

私は元来、ひとり飯が好きだ。(ちなみにひとり居酒屋も好きだ)

 

最近は「孤独のグルメ」の影響もあってか、ひとり飯に対する偏見というのも少なくなってきたように思うが、それでも女子のひとり飯というのは、あまり一般に受け入れられるものではないらしい。それは知っているが、それでもひとり飯が好きだ。

何も、大勢でいくランチが嫌いというわけではない。いつぞやひとり旅の記事を書いたときに述べたように、「大勢」と「ひとり」では趣が異なるので、これを比べること自体、間違っていると思っている。

 

そんな私が一番印象に残っているのは、大学の卒業が確定した日の夕方、都内のあるオイスターバーで生牡蛎を食べたことだろう。

私の大学生活は多くの人の支えあってこそのものだった。だから、この晴れがましい日も、誰かと一緒にご飯を食べる……というのも至極真っ当な心理だと思うが、前々からこの日は生牡蠣を食べようと決めていたのだ。しかも、ひとりで。

 

生牡蠣は人を選ぶ。私は好きなのだが、一度でもあたったことがある人は当然嫌悪するし、そうでなくてもあの独特の海臭さは、万人に受け入れられるものではないらしい。ただ、私に限って言えば、生牡蠣は好物だった。

だからたくさん食べたいのだが、コストも嵩むし、人前ではある程度の節制も必要になる。そういうわけで、晴れがましい日だからこそ、むしろひとりで食べようと決めたのだ。

 

案の定というべきか、その日お店には、追いコンと思わしき集団がたくさんいた。そんな中でひとりで食べるわけなので、流石に多少堪えるかとも思ったが、いざ食べ始めると、そんなことはすぐに忘れてしまった。気づけば、目の前に牡蛎殻の山が出来ていた。たまらない充実感がそこにはあった。

 

ひとりの時間の充実は、大人数で行動することへのアンチテーゼとは限らない。ひとりでご飯を食べる時は目の前の食事の味に集中できるし、大人数で食べる時は、会話を楽しむことができる。どちらか片方だけでは、つまらない。

そういうわけで私は、ひとり飯にはひとり飯なりの良さと嗜みがあるように思うのだが、どうだろうか。

 

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